名古屋大学大学院工学研究科 応用物質化学専攻 理論計算化学分野 岡崎研究室

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Ⅱ.マルチスケールモデリング

1. 定量的粗視化分子モデルの開発/連続体モデルの評価・理論の拡張

○全原子(CHARMM)をもとにした粗視化分子モデルの開発

脂質や界面活性剤の粗視化分子モデルの構築に取り組んでいます.現在,コロイド粒子やアミノ酸,コレステロールなどの粗視化モデルも開発中です.開発中の 粗視化モデルは原子力場モデルのシミュレーション結果(構造)や表面・界面物性,溶媒和自由エネルギー,膜弾性などを再現するようにパラメタリングされて います.簡単な関数型を用いたモデルですが,これまでの現象論的なモデルでは不可能であった(半)定量的な議論が粗視化レベルで可能となり,ベシクルのよ うな分子集合体の構造安定性を議論することも可能となりました.詳しくは粗視化モデルのページをご覧下さい.

粗視化分子モデルとその適用例:ミセルキュービック相(右上),ベシクル形成(中段)

○粗視化分子動力学による連続体モデルの評価:理論の拡張

粗視化分子動力学シミュレーションによって,より大きな膜系や曲率を持った閉じた膜であるベシクルの計算が可能となっています.小さな脂質集合体では,水中でベシクルだけが安定構造ではなく,バイセルと呼ばれる円盤状の構造も(準)安定構造として現れます.これらの安定構造間の自由エネルギー計算を実現しています.その結果を現象論による連続体(弾性体)理論と比較することによって,理論モデルの妥当性や小さなスケールでの適用性を評価することができます.また,この観測に基づいて理論を拡張することを試みています.

ベシクル(SUV)の開口の自由エネルギー変化.MDと連続体理論の比較 (J. Chem.Phys. 2013)

2. 両親媒性分子の自己組織化によるポリモルフ解析

両親媒性の界面活性剤,ブロックポリマーやコロイド系では,様々な自己組織化構造がみられます.ミセル,ヘキサゴナル,ラメラ,キュービック,その他逆相など様々な構造が観測されますが,これを分子シミュレーションで予測することはそれほど容易ではありません.粗視化分子モデルを用いることにより,初期配置から自発的な構造形成を観測することができるようになりました.しかし,その構造が熱力学的にどの程度安定なものかを評価する技術が必要で,その評価がなければ真に実験結果を予測することはできません.特にコロイド系は非平衡系であることが多く,生成した自己集合系の安定性解析は工学的にも重要となります.本研究では,熱物性,界面性状,分子配置を定量的に評価できる粗視化分子モデルの構築と,自己組織化構造の熱力学的安定性の評価技術の構築がキーとなります.

C12E6の30℃,水中における自己組織化構造 (Curr. Opin. Struct. Biol. 2012)

3. 生体膜の粗視化分子シミュレーション: 膜の形態(モルフォロジー)、膜融合

○膜の形態(モルフォロジー)

脂質膜は構成脂質分子種や溶液条件(pH,塩濃度,温度),または膜と相互作用するタンパクやペプチド,ナノ粒子などの影響を受けて,その形態を変化させます.これらの現象は個々の分子プロセスが様々に絡み合い複合的に生じていることが予想されます.特に多成分の両親媒性分子で構成されている生体膜では,膜の表裏はもちろん膜面内の分子分布も一様ではなく,ヘテロな構造を持つことが指摘されています.これらは膜機能と密接に関係していると考えられ,多くの研究がなされています.これまでに粗視化分子モデルを用いてベシクルの形成過程などの分子シミュレーションを実現しています.混合膜ベシクルでは,その変形の自由エネルギーが単成分ベシクルに比べて小さくなることを見いだしました(Pure Appl. Chem. 2014).これは内部脂質のソーティング(整列)によるものだということがわかってきました.膜と相互作用する分子の混入が膜の形態にどう影響するのかについても,研究を進めています.これらの研究は,薬物や機能性ペプチド,ナノ粒子材料の膜浸透現象の理解を助け,薬物搬送システム(DDS)のキャリア設計や膜に作用する抗菌剤などの開発において重要な知見を与えることを目標に行われています.

DMPC/DOPE混合ベシクル中の脂質分布.(Pure Appl. Chem. 2014)

○膜融合の分子メカニズム

二つに分かれた脂質二重層膜が一つの連続した膜へ融合する膜融合プロセスは,膜を構成する分子組成,水和,静電力,また介在するタンパク質の存在など,多くの因子によって影響を受ける非常に複雑でかつ興味深い分子プロセスです.生命体のライフサイクルには膜融合が含まれ,また真核生物において膜融合はユビキタスです.細胞の成長,細胞外輸送,その他多くの細胞プロセスは膜融合と関係します.細胞内では,膜の出芽と膜融合のプロセスによって,細胞小器官を壊すことなくその間で分子を運びます.神経系のベシクル膜融合は神経細胞間のシグナル伝達における重要プロセスで,ヒトの病気を引き起こすウイルスはその増殖サイクルで膜融合を使用します.

この生体系における情報・物質伝搬の重要なプロセスである膜融合について、脂質分子の種類・組成変化の影響及び融合タンパク・ペプチドの役割を分子論的に解明することを目指しています.この目的のために,全原子及び粗視化分子モデルを併用した階層的分子モデリング技術を構築・応用し,50 - 100 nmの系の分子シミュレーションを実現しています.これまで不可能であった曲率を持った生体膜の変形,付着,細孔形成,融合などの動的過程を直接観測し,脂質分子の自発曲率やペプチドの膜への結合などの分子レベルの情報をもとに分子集合体構造変化の解析に挑んでいます.さらに膜融合プロセスで見られる融合中間体間の構造遷移の自由エネルギー計算を行い,その分子メカニズムの解明に取り組んでいます(Soft Matter, 2014).

膜と相互作用するベシクル.融合前の状態.

○膜物性評価手法の開発

脂質分子の分子構造と分子集合体である膜の物性の関係を明らかにすることは,分子シミュレーションの目的の一つです。膜物性の解析によって,メソスケールでの振る舞いを記述する連続体モデル(多くの場合Helfrichによる弾性理論モデル)で使用される物理パラメータを正確に求められれば,光学顕微鏡レベルで観測されるベシクルなどの振る舞いを定量的に予測することが可能となると期待されます。また,実験で観測される物理量を比較することにより,分子シミュレーションで用いる分子モデルの妥当性の確認にもなります。このような理由で,膜の表面張力,線張力,曲げ弾性係数,面積圧縮率,自発曲率などを精密に測定する分子シミュレーション手法を開発しています。このような活動の一例として,Irvin-Kirkwoodの定義に基づく局所ストレスの計算をもとにガウス弾性係数を計算しました。この解析を球座標系においても実現しており,ベシクルのような球対称な分子集合体の局所ストレスの解析を可能としました(J. Chem. Phys, 2011,2013)。この他,膜の各種変形に対する自由エネルギー変化の評価によって,様々な膜物性定数を調べています。このような研究活動は後述するマルチスケールシミュレーションの確立に向けて,その理論を構築するための基礎データを与えるという重要な意義を持っています。

外部ポテンシャル(黒)により誘起された膜変形.力と曲げの関係から曲げ弾性係数が求められる
(J. Chem. Phys. 2013)


4. リチウムイオンバッテリー開発に関わるイオン液体の構造および動力学解析

 Li-Glyme錯体を用いたイオン液体を電解質に用いたリチウムイオンバッテリーの開発支援のため,構造や動的な性質の解析を行っています。リチウム輸送機構の解明やIonicityの分子論的な理解を目指しています。

MDで観測されたグライム錯体の様々な構造(アニオンの選択によって安定な錯体(左)が得られる)

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